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瀬戸雄三さんが死去。アサヒスーパードライ誕生の秘話。私の履歴書?

瀬戸雄三 画像「スーパードライ」をトップブランドへと育て上げた
アサヒビール元社長、瀬戸雄三(せと・ゆうぞう)氏が
13日、心不全のため亡くなりました。
83歳だったそうです。

アサヒビールといえば、スーパードライ!
瀬戸雄三さんは、営業本部長として販売強化に尽力されていたそうです。

 

スーパードライ誕生までを少し覗いてみましょう!

 

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スーパードライで史上最低のシェアを奪還

 

昭和59年(1984)、
当時トップブランドだったアサヒビールは、
シェアー9.9%と史上最低のシェアになってしまったそうです。

 

この状況を打破すべく開発されたのがスーパードライ!
「ドライ戦争」を引き起こすほどのブームになり、
平成 10 年(1998) 国内ビール市場で No.1 企業に復活したということです。

 

スーパードライなくしてアサヒビールなし!
といっても過言ではないかもしれませんね。

 

 

 

商品開発の背景

 

開発をする上で、消費者の嗜好調査を行ったのが大きな鍵だったようです。

 

この時得られた消費者の好みが
「口に含んだ時の味わいと喉越しの快さ」「コクとキレ」
それまでの「重くて、苦い」といった本格派のビールのイメージとは違ったものだったようです。
この新しいポジショニングで、辛口、キレを目標に新製品の開発がスタートし、
様々な試行錯誤の結果
1987 年にスーパードライが誕生!!

 

 

発売したとき競争メーカーは「あんな軽いビールは、売れないだろう」と
予想していたそうですが、発売と同時に大ヒット商品となり、
1989 年には 1 億ケースを突破したそうです。

 

 

普段何気なく飲んでいたスーパードライには、
様々なドラマがあったんですね!
これからもありがたくいただきたいものです。

 

 

 

私の履歴書

 

瀬戸雄三さんの著書「私の履歴書」

どん底からの大逆転に成功した感激のドラマを中軸に、
営業マンとして波瀾万丈の日々と、
シェアトップに立って以降の新たな挑戦の記録です。

 

見所を載せています。

本書の神髄は、書名(父親に諭された処世訓)どおりに、「夢」とともに猛進したサラリーマン生活(大失敗や左遷も再三だった)、苦闘する経営者の姿が率直に述べられている点にある。トップとしての厳しさと人情味は著者ならではとはいえ、自慢話がほとんどなく読後感はさわやかだ。最大の隠し味は冗談好き、前向きで明るい性格そのままに思わずニヤリとさせられる記述が随所にあることだろう。

 

一度チェックしてみては??

 

最後になりますが、ご冥福をお祈りいたします。

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